ガッキーこと新垣結衣が、未来に希望を持てない陰気なキャラを演じたことで話題になった、朝井リョウの大ヒット小説を映画化したこの映画『正欲』。
世間に認知すらされないマイノリティの中のマイノリティの生きづらさを描いたこの作品ですが、この作品の中では「普通」というキーワードが多用されます。
私たちは普段何気に使っている言葉ですが、「普通」とは何なのか?
そして『正欲』というタイトルの意味とは?
(ネタバレありのレビューです)
『正欲』
2023年 日本映画 上映時間 134分
監督 :岸善幸
脚本 :港岳彦
原作 :朝井リョウ
目次
あらすじ
「普通」の生き方ができない人間を毛嫌いする検事の寺井啓喜。
「普通」の性的欲求を抱くことができない「水フェチ」の桐生夏月と佐々木佳道。
そして同じ大学に通う男性恐怖症の神戸八重子とダンサーの諸橋大也。
本来交わるはずのなかった5人の人生が、ある事件をきっかけに、交錯していく。
登場人物
寺井啓喜/稲垣吾郎
横浜地方検察庁に勤務する検事。
不登校児の10歳の息子がいる。
「普通」信者のような人物。
「普通」ではない人達を「世の中のバグ」と呼び、毛嫌いしている。
桐生夏月/新垣結衣
両親と実家暮らしをしている。
異性愛者でも同性愛者でもない、「水」に性的欲求を感じる「水フェチ」。
佐々木佳道/磯村勇斗
高良食品営業部商品開発課に勤務する会社員だったが、両親の交通事故死をきっかけに会社を辞め、故郷の広島県に戻ってくる。
桐生夏月とは高校の同級生だった。
桐生と同じ「水フェチ」。
神戸八重子/東野絢香
金沢八景大学に通う大学3年生。
「ダイバーシティフェス」を企画・運営する。
過去のトラウマが原因で、男性を苦手としている。
諸橋大也/佐藤寛太
金沢八景大学に通う大学3年生。
ダンスサークル「スペード」に所属している。
昨年の学祭のミスターコンテストで準ミスターに選ばれるほどのイケメンだが、かなり冷めた性格をしている。
感想
冒頭、ガッキーの自慰行為を連想させるシーン
オープニングでは磯村勇斗演じる佐々木佳道と、ガッキーこと新垣結衣演じる桐生夏月が登場しますが、どちらも目が死んでいます。
特にガッキーの死んだ目は、これまでコメディエンヌとしての彼女しか見てこなかった私にとっては、ゾクッとさせられる魅力がありました。
寿司を食べた後、自室に戻ってYoutubeでよくある水のせせらぎの動画を見たあと、部屋を暗くして自慰行為にふける桐生夏月。
それほど露骨には描かれませんが、明らかに自慰行為を連想させるシーンです。
そして彼女の心象風景なのか、部屋が水に浸かっていく不思議な映像。
そして目を開いた彼女の顔は、もはや完全に私たちが知っているガッキーではありません。
さすがプロの女優であります。
稲垣吾郎の検事役がかなり良い
本作では稲垣吾郎は検事役ですが、かなり似合っています。
こんなイケメンの検事はなかなかいないでしょうが、彼が演じる、自分の周りのもの全てを冷めた目で見ている(家族すらも)ような感じは、稲垣吾郎の雰囲気にかなり合っています。
特筆すべき東野絢香の演技力
過去のトラウマによって男性恐怖症になってしまった女性、神戸八重子を演じた東野絢香。
男性のことを気持ち悪いと思っているのに性欲はしっかりあり、男性に惹かれてしまうというジレンマに苦しんでいる女性ですが、「水フェチ」というマイノリティの中のマイノリティの生きづらさに苦しむ他の登場人物たちと比べると、中途半端な立ち位置のキャラクター、神戸八重子を見事に演じ切っています。
中途半端な立ち位置にいながら、マイノリティの人達の苦しみをわかった気になって、彼等をそこから助け出そうとする人間のウザさというものを見事に演じた彼女は、これから様々な映画やドラマに引っ張りだこになるはず。
奇妙な疑似セックスシーン
お互い「水フェチ」であることから、普通ではない者同士助け合って生きていこう、ということで、恋愛感情がないまま疑似夫婦として共同生活を始めるガッキー演じる桐生夏月と磯村勇斗演じる佐々木佳道。
お互いセックスの経験も、普通の性欲もないまま、「こんな感じかな?」「普通の人はこうやるらしいよ」などと言い合って疑似セックスを試みる二人の姿は、本当に奇妙です。
しかし奇妙に見えるというのはまさに我々異性愛者という性的マジョリティの視点であって、彼等性的マイノリティの視点から見ると、我々が行っている「普通」のセックスこそ奇妙で滑稽に見える・・・。
と考えると、この映画、本当に考えさせられる作品ですね。
寺井検事の悪役扱いに感じる違和感
「普通」ではないマイノリティの人達に、「普通」を押し付ける悪い奴、という扱いの稲垣吾郎演じる寺井検事。
彼は自分の息子が「不登校児」というマイノリティの立場にいて、さらに「Youtuber」などという得体の知れない存在になろうとしていることに不快感を覚え、なんとか自分の息子を「普通」という名のレールに乗せようとしますが・・・。
「中年成人男性」という、典型的な日本社会のマジョリティ代表で、しかも「検事」というエリート。
しかも頑なにマイノリティの性癖を認めようとしない、とこの映画では完全に悪役扱いですが、しかしこの寺井検事に共感できる部分があったのは私だけではないはず。
得体の知れない若い男に自分の家に出入りされる不快感
寺井検事の奥さんはとにかく自分の息子が元気になることしか考えず、寺井検事の気持ちを全く考えていないと思われます。
得体の知れない若い男に自分の家に出入りされる夫の不快感にも気づいていない。
後半に「どうして分からないのよ~!」などと言って泣き崩れて、息子が母親を守って「お母さんをいじめるな!」と言う、一見いいシーンがありましたが、この人も夫の気持ちを分かろうとせず、自分と息子のことしか考えていないので、お互い様ではないでしょうか。
終盤、物語は思わぬ展開に
全く違う世界に生きていたメインキャラクターたちが、次第に出会い、関わりあっていくストーリー。
そして岩瀬亮演じる矢田部陽平というキャラが物語に加わったとき、物語は思わぬ方向に展開していきます。
クライマックスはガッキー対決へ
クライマックスは取調室での稲垣吾郎VS新垣結衣のガッキー対決へ。
「普通」代表の寺井啓喜と「普通」に生きられない人間代表の桐生夏月が静かな激論をしますが、特筆すべきは佐々木佳道との共同生活を始めて、活き活きとし始めてきた桐生の顔が、また死んだ目に戻っていることです。
ここでの新垣結衣の怖い目は必見です。
「正欲」タイトルの意味とは?
原作者:朝井リョウの言葉を引用します。
「〈正欲〉という題名は執筆前から決まっていました。欲はすごく個人的なことで、正はすごくパブリックなイメージの文字。そのアンバランスさが居心地の悪さを醸し出してくれるかなと。性欲はずっと書きたいテーマだったのですが、それをテーマに据えたとして説得力が出る自分なのかと、ずっと躊躇していました」
まとめ(マイノリティの中のマイノリティの生きづらさ)
この作品『正欲』は、性的マイノリティとして世間に認知されている、いわゆる「LGBTQ」ですらない、さらに少数派の、もはや性的対象が人間ですらない、性的欲求を感じる対象が「水」、という「マイノリティ中のマイノリティ」の生きづらさをテーマとした作品です。
かなり深いテーマを扱った作品ですが、私個人の感想は「う~ん」という感じです。
世の中の存在することすら認知されていない、マイノリティの中のマイノリティの存在を認知させてくれたことは気づきになりましたが、そこに感動があったかと問われれば、その答えは否です。
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